今の日本経済を舵取りする方々の不祥事や問題発言が続く昨今。
何でそうなるのかをちょっと考えてみました。
要は簡単で、彼らにとってお金はもうそこにある物で、ない生活なんてしたことないし、そんな不安なんて学校で習わない。
自分の周りが同類項な物だから。世の中の常識と自分がかけ離れていることに気がつかないのですな。
産業革命前、財産は上位3パーセントほどにほぼ95パーセント以上が集中。でも産業革命後、集中する財産は民衆に還元される構造になりました。
その次の大きな革命であるIT革命。
これが皮肉にも産業革命前の構造に戻す格好になりました。
アメリカなどでは顕著なのですが、上位3パーセントに90パーセント以上の資産が集中。日本もこの構図は例外ではありません。
そんな中、竹中さんはもっと格差が付いた方がいいと発言されました。これはとても恐ろしいことだと思うのです。数字だけを見ている方々にはこれが恐ろしい発言だってことを全然理解できていない。だからこんな恐ろしい発言を軽々しくパブリックなスペースで言うことが出来るのでしょう。
たしかにチャート上の推移ではそういう理論も通るでしょう。
でもそこに人間という存在が不在だってこと、彼らの知識には無いように思えます。まぁ学校で習わないもんね。
彼らの思考は、彼ら自身の生み出した思考ではないようでなりません。どこかの知識を借りてつぎはぎしているようにも見えます。歴史をさかのぼることは同じ過ちをしないということに関しては有効でしょう。でも常に世界は動き変化しています。彼らのつぎはぎの知識の構築は想像力という人間の大きな武器を排除して形作られているようです。
想像力という武器を行使することを全く習わない学校を出て、そのままの格好で現状のポストにいるのですから、仲間内の定説の中だけでしか思考できないのはわかりますが。もっと自分でクリエイトすることの重要さ、感じて欲しい物です。
さらに、人間がそこに存在し、その場所で人生積み重ねていること。このことをもっと理解した上で、政策を練り実行に移して欲しい物です。
で、一つ提案。
かれら上級官僚の方々に、無一文で東京の街中を一週間さまよってもらう研修をすること。もちろん他の人たちと同じように社会的ルールは守ってもらって。
そうすば多少ですが、お金のない生活の不安や無情さが身にしみてくるのでは無いでしょうか。
暑くてのど乾いても飲み物すら調達できない。
お腹空いても何も食べるものがない。
寝るところすらままならない。
そういったことを経験すれば、少しは自分たちが人間で、他の人たちも人間だってこと体でわかるでしょうから。
経済より強い政治は民主主義社会の中ではあり得ません。
ですから経済をになう方々が、もっとヒューマニズム的な観点で政策を練っていけば、今まで勝ち得なかった新たな人間社会の構築を近未来にしていけるのではないかと思います。
それまでオレは生きているのか?